―楽しかったな、敬大
―あんた意外と体力あるのよね
―俺は今度はお前がライオンと戦うアトラクションが見たいんだが、なぁ?

「そんな遊園地ゴメンですよ!」

笑い声が響く。
いつもの光景。

























知らない人



























「くそぅ・・・もう絶対あいつらと一緒に遊園地なんて行かないからな」

一日中目の敵にされてあっちやこっちに引き回されたり対決させられたり。
その全部に律儀に付き合う彼も彼。
そんなこと言っても、知ってるよ。

「どうせまた誘われたら断らないんだよね。敬ちゃん優しいもんね」
「・・・芹沢」

恨みがましい目。
でも否定しない。
分かってるんだよ。
頼まれたら断れない。
そんなところも、いいな・・・って思ってる。
皆と別れた帰り道。

「おまえは見てるだけで助けてもくれなかったな。なんて冷たいやつだ」
「え、だって面白かったから」
「くっ・・・そういうやつだよ、おまえは」
「あははははは」
「楽しそうにしやがって」
「また皆で行こうね」

笑いが止まらない。
この人の隣にいるといつもそう。
そんな時間、そんな空間が、優しくて居心地が良くて、とても愛しい。

「そんなに俺と二人っきりは嫌かよ」

何気ない軽口だった。
特に深い意味を込めてない、当たり障りのない会話の延長線上の。
足が止まる。

「まぁ、お前が楽しいのなら俺は・・・あれ、芹ざ・・・」

気付いてしまった。
そういえば、今。
二人きり、だ。
数歩先に行ったところで、その人が振り返る。
その目が軽く、見開かれた。
まずい。
今、私、どんな顔して。
急いで両腕を顔の前に上げ・・・。

「え、け、敬ちゃ・・・」







青年は突然彼女をそばの電柱の陰に押し付けて、その上に覆いかぶさった。
視線もやらず、上がりかけた彼女の腕を瞬時に捕らえてねじ伏せる。
次に奪うのは吐息。

「っ・・・う・・・ん・・・・・・っ」

電柱の陰から漏れてきたのは、彼女の鼻に掛かった甘く苦しげな声。
彼女の中にねじ込まれた舌は、熱くぬめっていて、彼女の熟れた口内で激しく暴れている。
まるでそれそのものが何かの意志を持っているように這いずり回り、舐めあげて、彼の熱を注ぎ込む。
無理やり混ぜ合わされた唾液が、彼女の中で粘着質な音を立てた。
扇情的な空気が漂いだす。
ふ・・・と、影が僅かにずれた。

「・・・芹沢、そんな顔しちゃダメだろ」
「・・・そ、んな、て・・・」

まだ声を出せば、互いの吐息が触れるほどの距離。
喘ぐような問い掛けに、彼が答える。

「今初めて気付いた、みたいな」
「・・・あ・・・の」
「そういう顔をされるとさ、ちょっと酷くしてでも、教えてやりたくなるんだよ」

言うや否や、また距離が無くなる。
合わさって、分け入られて、かき回されて、混ざり合って。
教え諭すような優しさも、慈悲による許しも無く、ただただ体に刻みつけるような激しさで繰り返される行為。
口から注ぎ込まれた熱は、舌によって奥まで捩じ込まれ、唾液とともに浸透してゆく。
はじめ首から上だけだった熱は、すぐに心臓を突き、体中を巡る血流に乗って全身を甘く溶かす。
慣れぬ身にその疼きは甘すぎて、いっそ苦しい。
そうして最後に彼女の最奥まで到達すると、もう彼女の身体だけでは抑えきれず、今度は出口を求めて溢れだすのだ。
その向かう先は。
・・・ねぇ、この熱は誰のもの?
焚きつけたのは、いまだ目の前で美味そうに唇を貪っているこの男。

(苦しい・・・私・・・)

「・・・芹沢」
「・・・っはぁ・・・っはぁ」
「さっきまで、おまえは誰の隣で笑ってた」
「・・・え」
「おまえが・・・好きになったのは、おまえを友達と呼んでいた『冴木敬大』かもしれないけど、今おまえの目の前にいて、キスしたり抱きしめたりしているのは、おまえを恋人として想っている『冴木敬大』だよ」
「・・・分か、てるよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「ふぅん。じゃあ、俺は両思い?」
「え、と・・・あの・・・」

言葉が思いつかない。
本当は知っているはず。
けれどずっとひた隠しに抑えこんできたその感情は、今更そう簡単にさらけ出せるものではない。
その感情を自覚することは罪にも等しいことだったのだ、これまではずっと。
自分を友と呼ぶ男に、自分は同じ気持ちを返すことが出来ないという罪悪感と背徳感は、長い時間をかけて彼女の心を内側から蝕んでいった。
外からは決して知られることはない。
知られてはならない。
知られれば。

「・・・なんだ、片思いなのか」
「え、あ」

内側が歪な心は、望むものを手に入れた今も、それを上手く受け取ることが出来ない。
そもそも何を望んでいたのか。
望むものがあったのかすら分からない。
想うことだけで罪だったのに。
今。
彼によって注ぎ込まれて彼女の中に飽和した熱は、熱の名前は。

「ち、違うよっ・・・待って敬ちゃん!」

離れていく腕を咄嗟に掴んだ。

「・・・何」
「あ・・・あの」

言いよどむ仕草に、彼はため息をつくと簡単に彼女の腕を振りほどく。
無慈悲なその行為は彼女を酷く傷つけた。
そのまま離れていこうとする気配に、とうとう彼女の口をついて出た言葉。

「敬ちゃん、好き。好きだから・・・行か・・・ない、でぇ」

涙が溢れる。
身体が震える。
言葉が滲む。
裸を晒すよりもまだ恥ずかしいのではないかと思うほど激しい動悸にみまわれる。
息が上手くできない。

「はい、よくできました」

ぬくもりは驚くほど簡単に戻ってきた。
抱きしめられて、彼の大きくて優しい手に頭を撫でられて、強張っていた全身から力が抜けた。
狂おしいほどの羞恥心は、それを越える安堵によって包み込まれて、ささやかな欲に形を変える。
突き動かされるように戒めの中で身を捩ると、彼の頬にそっと唇を寄せた。
その行為は、彼女に満足感を与えた。

「・・・おい、場所が違うだろ」

不満げな声が降ってくる。
何を言っているのだろう。
これほど幸福なことは無いのに。
今いる場所が夢なのか現実なのか、どちらがより幸福なのか。
彼女には判断できない。
彼が教えてやらねば。
彼女が長い時間をかけて育んできた愛情で心から慈しみ、そして何度も何度も繰り返し己の心を押し潰してまでずっと守り抜いてきた「友達」の境界を越えて。






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人生初のNGライフ創作にして現代物創作になりました。
書く前は「カタカナ使いまくるぞー!」とか「時代考証無しだぜイェア!」とか思ってましたが、出来上がってみるとカタカナは初っ端のところと敬大の台詞に「キス」と入っているくらいで、地の文には全く使えていないし、考証とか全く関係無い(古代でも問題ない)感じの感情表現メインな話になっていて、正直かなり遺憾であります。(慣れの問題、か?)
しかし阿苑や藤千の既に夫婦となっている関係では書けない「敬大と芹沢」の微妙な距離感に萌え狂って吐き出したものなので、その点では今後の方向性が多少みつけられたと思ってもいいかもしれません。
敬大と芹沢は二人のアンバランスな内心による未完成な関係とそれによる食い違いが最大の魅力だと思っているので、今後はそのあたりをもっと掘り下げていけたらいいなという目標で頑張りたいです。

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