Mine





それは、2人で並んだ帰り道でのこと。

「あっ」
「どうした、裕真?」

小さく声を上げた少年を見下ろすと、裕真はわずかに頬を染めた。

「いや……ちょっと、アレがさ」
「アレ?」
「ほら、あそこの店の」

そう言って裕真が指差したのは、麗奈あたりが好きそうなアクセサリー店で。
目をこらして「どれだよ」と問い返す。

「アレだって。あの、ピン」
「ああ、ヘアピンか……あれがどうかしたか?」

裕真が目をつけたそれは、2つセットで、小さな花の飾りが付いていて。
確かに可愛らしいものではあったが、こいつが女物に興味を示すなんてめずらしい。意外そうに問い返した俺に、裕真は口を尖らせてそっぽを向いた。

「ちょっと、似合いそうだなーって」
「……お前にか?」
「んなわけねーだろバカ!! 芹沢さんだよ!! よく付けてるじゃん、ああいうの」
「あー……芹沢か。うん、まあ、そうだな」


――ごめんね、敬ちゃん、裕真くん。今日は部活あるから、先に帰ってて。


芹沢美依。つい最近、晴れて俺の「彼女」となった女の子。
脳内に、さっき学校で別れたばかりの笑顔が浮かんだ。そう言えば、彼女はよくヘアピンをしている。

手頃な値段がついているそれを手に取ると、裕真は不思議そうに俺を見上げた。

「……敬大?」
「買うか、これ」
「え?! でも俺、小遣いがあんまり……」
「だから、2人からのプレゼントってことでさ。お前が選んで、俺が買うってことでどうだ?」

俺がそう言うと、裕真は目を真ん丸にした。

「……いいのかよ、お前それで」
「そりゃー、俺一応彼氏だし?」
「うっわ、ムカつくその顔」

わざとおどけた調子で言うと、裕真が顔をしかめる。
それに笑って、俺はレジに向かった。


――俺たち3人の関係は、なかなかにフクザツだ。


実のところ、裕真もまた、芹沢に想いを寄せていた1人だったから。




「芹沢、これ」

翌日の昼休み。
小さな包みを差し出すと、芹沢は目を瞬かせた。

「なに? 敬ちゃん」
「いいから開けてみてよ」

促すと、芹沢は素直に従う。
そうしてヘアピンを取り出して、小さく声を上げた。

「かわいい」
「だろ。芹沢に似合うかなと思って」
「……え?」
「ん、プレゼント」

言うと、芹沢の頬がぱあっと赤くなった。

こいつ、こんなに赤面症だったっけ。
友達だった頃は、そんなことなかったと思うんだけど。

芹沢は基本ノリが良くてさっぱりしているくせに、変なところで恥ずかしがりだ。そこがまた可愛いんだけども。
ここが学校じゃなかったらなあ、なんて俺が考えているなんて知りもしない芹沢は。俯いたまま小声で言った。

「あ、ありがとう……」
「どーいたしまして。あ、選んだのは裕真だからな」
「え、裕真くん?」

芹沢は顔を上げて、ふわっとほころばせた。

「そっかあ、裕真くんが……へへ、嬉しいな」


……いや、買ったのは俺なんですけどね? 芹沢さん?


大人気ないとは分かっていながらも、なんとなく面白くない。

俺と、芹沢と、裕真と。
まるで3人で1つのような、俺たちの関係は前世まで遡る。
裕真の前世は俺の最愛の妻であるセレナで、芹沢の前世であるロレイウスは俺の親友だった男で、しかもそれを覚えていたのは俺だけで……とまあ、語り出せばややこしい事情が絡んでいる。
要するに、一般的な恋愛事情では括れないような関係。単なる三角関係、と言うのとも何だか違う。形こそ違えど、どちらも俺にとっては文字通り「死ぬほど大切な」2人だ。

芹沢と裕真が仲が良いのは前からだし、俺にとっても嬉しいことではあるし。
芹沢のそれが、恋愛感情とは別物なのも分かってる。
分かってる、のだが。何だかこう、もやもやとしたものが……

1人で悶々としていた俺は、芹沢の声で我に返った。

「敬ちゃん、見て見て」
「へ?」

振り向くと、芹沢は件のヘアピンを付けて笑っていた。
いつの間にか、普段下ろしている前髪が頭上でまとめられている。

「めずらしいな、その髪型」
「あはは、おでこ出すのって結構勇気いるんだよー」

照れたように額に手を当てる芹沢は、すっかりいつもの調子に戻っている。

「ねえ、敬ちゃん。裕真くんとこ行かない?」
「裕真の?」
「うん。これのお礼言いたいし」

ね? と促されて、俺は生返事を返す。
それを肯定と取ったのか、裕真くんいるかなー、なんて言いながら勝手に歩き出す芹沢は、妙に楽しそうで。
頭上で存在を主張しているヘアピンが、何だかきらきらして見えて。

「せりざわ」

うん? と振り返る彼女の腕を引くと、いつもは見えない白い額が目に飛び込んできた。
考えるよりも先に、体が動いていた。

「……?! け、敬ちゃんっ」

ずざざざ、と効果音が付きそうな勢いで、芹沢が両手で額を押さえながら後ずさる。

「い、いきなり何するの……!」
「何って……おでこにキス?」
「そ、それは分かってるけどっ……なんで、急に」

芹沢の言いたいことは分かっている。学校では普通にしててほしい、とお願いされたはつい最近のことだ。
けど、これもダメなんだろうか? 別に今は二人きりで、教室や皆の前でしたわけでもなし。

「いや、なんか急にしたくなったから」
「……!!!」

真っ赤になって押し黙ってしまった彼女に、一歩近づく。

「芹沢」
「ちょ、け、敬ちゃんっ」
「なんで下がるんだよ。嫌だったのか?」
「い、嫌とかそういうんじゃなくて……びっくりするから! それに、学校では」
「ここ屋上だし。誰も見てないんだから、いいじゃん」
「そういう問題じゃ……」

ああもう、どうしてこう可愛いんだか。
フェンスに頭を打ち付けたくなる衝動に駆られながら、俺はまた歩を進める。
だって、決めたんだ。もう遠慮はしないって。

「わっ、ちょっ……」
「裕真のとこ、行くんだろ?」

額を押さえていた細い手を、強引に取って。一緒に歩き出す。
それでも遠慮がちに手を引きかけるから、少し腹が立って、指を絡ませてやる。

「敬、ちゃん」

困ったような小さな声に足を止めて振り返ると、芹沢はひどく恥ずかしそうに俯いていた。

「何」
「その、手……」
「嫌?」
「ち、違うけど……やっぱり、その、恥ずかしいかなって」
「……なあ、芹沢さあ」

ため息をついて、俺は言う。

「俺さ、言ったよな。芹沢が一番だって」
「……うん」
「芹沢も、自分もそうだって言ってくれたよな?」
「……う、うん……」
「それなのに、何で笑ってくれないわけ?」
「え?」

ようやく顔を上げてくれた芹沢の目に、俺の不機嫌な顔が映っている。

「裕真のこと考えて笑うのに、俺には笑ってくれないのかよ」


――あの日、この屋上で。琴宮のことで芹沢とぎくしゃくしていた俺に、裕真は怒鳴った。


芹沢さんを他のヤツに取られるのは嫌だ、と。
お前だから俺は諦めるんだからな、と。

泣きそうな顔で言い放った裕真の顔は、完全に男のそれだった。多分あれ以来、俺は裕真が裕真にしか見えなくなったのだ。
それまでは裕真とセレナを重ねて、うっかりときめいたりしていたのに。

……今なら、裕真の気持ちがよく分かる。

付き合い出してから、芹沢は以前のような自然な笑顔を俺に向ける回数が減った。2人きりになって、俺がちょっとでもそういう雰囲気を出すと、途端に真っ赤になってあたふたとして、距離を取ろうとする。

それが、俺を意識しているからだというのは分かってるけど。
嫌なものは嫌なのだ、わがままだろうと何だろうと。

他の男のことを考えて、あんなに綺麗な笑顔を浮かべてほしくない。
たとえその相手が、裕真でも。


黙ってしまった芹沢に、ため息を一つ吐く。

「……あのさ、俺、好きになったら死ぬほど一途なわけ」
「え……えーと、うん、それは知ってるけど」
「だから、芹沢は早いとこ諦めてよ」
「あ、諦めるって……」

戸惑ったような顔に、はっきりと告げる。

「芹沢は、俺のだから」
「…………!!」
「どんだけ言ったら信じてくれるんだろうな、お前は」

まあ、今までセレナセレナ言いすぎてた俺が悪いのは確かなんだけど。
芹沢はずっと、一番近くでそれを聞いていたから。
笑顔の裏で、きっと彼女はたくさん傷ついていた。その分も、これからは大事にしたい。できるものなら、一生。

……しかし、以前は裕真が芹沢を好きだと言うのなら、協力してやろうとさえ思っていたのが嘘のようだ。
もちろん、今でも裕真のことは大事だけど、芹沢に関しては譲るつもりは一切ない。
このヘアピンは2人からだけど、今度は俺1人で何かプレゼントしよう。「彼氏」として。

芹沢はこれ以上ないほどに赤く染まった頬をしながら、上目遣いで俺を見上げた。

「……敬ちゃんて、やっぱり秀吾おじさんの息子だよね……」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもありません……」

知らず知らずのうちに親父と同じ台詞を吐いていたことに気づくことなく、俺は芹沢の手を引いて歩く。
もちろん、しっかりと指を絡めて。
芹沢は若干居心地が悪そうな顔をしながらも、それ以上抵抗することはなかった。

そうして、辿り着いた裕真の教室で。

「「敬大、顔がやらしい」」

シンクロ率200%のツインズに、思い切り呆れた目をされるまで、あと数分。




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強奪許可を頂いたので堂々といただいてまいりました!
閏月の庭」の管理人:糸村和奏さまのNGライフ創作作品です。
敬大が、自然にイケメンで衝撃を受けました!(敬大をなんだと)
親友(?)に気を使ったり、でも彼女にはやきもちを焼いたりして、本当に等身大の男の子ですね。
そしてそんな男も芹沢にとっては一番格好いい人なんだろうなというのが物凄く伝わってきて、すごいと思いました。
官能部部誌に寄稿されていた作品も自然な女子高生の日常のドキドキを描いておられて心が当時に還っていくようだと感じましたが、まさにこの作品も敬大や芹沢が等身大の高校生で笑ったりドキドキしたりやきもちを焼いたりしていて、確かにNGライフのキャラクターでありながら、同時にとても身近な存在に感じられました。
ここまでキャラクターの魅力を引き出せる和奏さまはやっぱりさすがだと思いました。
素晴らしき萌えをありがとうございました!!!




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