無題
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※コンセプト:二連をからかう美郷姉さま。因みに「一丈=約3m」として書いてます。

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夏。
昼下がりの屋形の一室。
明かり取りが大きく開かれたそこを日の光が照らしている。

「美姉!」

珍しく藤太が吠えた。
その隣の阿高も尋常ではない真剣な表情で、普段から姉と呼んでいる叔母を見詰める。
一方対する美郷はそんな二人を前にして全く動じることもなく、優雅な笑みすら浮かべていた。
藤太は、一度短く息を整えて言葉を継ぐ。

「今度は一体何を企んでいるんだ?」
「・・・ふふふ、そう簡単には教えられないわ」
「そう言われてもこっちだって簡単には引き下がらないよ」

阿高が負けずに言い返した。
しかし、それを聞いても美郷の態度は揺るがない。
余裕綽々といった雰囲気で笑って言った。

「そう。なら、わたしを捕まえてご覧なさい。そうすれば、観念して教えてあげましょう」

言われた二人は一瞬呆気にとられる。
今、二人と美郷の距離はほんの一丈足らずしかない。
こんなもの一呼吸で詰められる。
明らかに美郷に不利な勝負に見えた。
と、ここで美郷が唐突に庭に向かって声を上げた。

「千種ちゃ〜ん!ちょっとこっちへきてくれるかしら」

外では千種が洗濯物を干していた。
二連の間に嫌な空気が流れる。
何も知らない千種は素直に美郷の脇にやってきた。

「どうしたの、美郷姉さま。あら、藤太に阿高?」

二連に気付いて怪訝な顔をする千種に、美郷はその両肩を掴むと危機迫った様子で捲くし立てた。

「お願いがあるの、一刻を争うのよ。私が十分に逃げるまで、そこの藤太を捕まえておいて!」
「え、藤太って、あの、は、はい!」

何がなんだか分からないまま勢いに押されて千種はくるりと振り向くと、そのまま藤太の腰にがしっとしがみ付いた。

「え、ち、千種」

普段千種が自主的に藤太に抱きつくことなど滅多にない。しかも人前だ。
思っても見ない展開に藤太の思考は停止する。

「おい!藤太!」

阿高が肩をゆすっても、藤太は身動き一つしなくなってしまった。

(くそ、藤太が・・・!)

苦虫を噛み潰す阿高。
それでもめげずに相棒を揺さぶってみる。

「藤太、何とかならないのか?」
「・・・む、無理だ阿高、まったく動けない。これはどう考えてもまったく動けない。悪い、お前だけでも美姉を追ってくれ」

その台詞に阿高が美郷を振り返った時には、既に彼女の姿は表門のところまで遠ざかっていた。

「待て、美郷姉!」

急いで叔母の後を追う。
表で最後に振り返った叔母の余裕の表情に、罠はこれだけではないと確信させられた。
阿高は走りながら考えた。
おれは、藤太のようにはいかない、と。
たとえ、鈴が抱きついてきたとしても。

(おれは、抱えてでも走ってやる)

阿高に迷いなど微塵も無かった。
固く決心し、両の足で懸命に地を蹴る。
美郷との距離は徐々に縮まりつつあった。
しかしあと少し、というところで、何故か美郷は急に立ち止まる。
そして直ぐ脇の河原へ向かって大きく手を振った。

「すーずーちゃーんっ」

きた!
阿高は身構えた。
鈴は河原で洗濯をしていた。
先ほどの千種の洗濯物は、ここで鈴が洗い終わったもののようだ。
鈴はすぐに美郷の声に気付き、満面の笑みで手を振り返した。

「美郷姉さまぁ、阿高ぁ」

阿高は先ほども決心したように、藤太のように簡単に足止めされるつもりはなかった。
しかし、このとき待っていた衝撃は阿高が想像していた以上のものだった。
鈴と阿高の間は距離にしておよそ五、六丈程度あったが、この距離からも分かるほど、鈴は川の水で濡れそぼっていた。
夏の昼下がり、この時間勢いを増してきている日差しの下に晒された彼女は、実にくっきりと体の線を露にしていたのだ。
そしてそれだけではなく、涼しめの薄い生地はその下の肌の色も、うっすらと。
阿高の表情が驚愕のそれに歪む。
美郷はさも驚いたふうに言った。

「まぁ、鈴ちゃんは相変わらず豪快な洗濯ねぇ」
「鈴!」

人通りがないとはいえないこの場所で無自覚にもあられもない姿を晒す妻。
阿高はすぐさま妻の元へ駆けていった。
自分の着ているものを掛けてやるつもりだった。

「まぁ阿高、どうしたの」
「鈴、おまえ、衣・・・」

間があった。
衣が透けている女体というのは予想以上の衝撃を阿高に与えた。
阿高は自分が何を言おうとしていたのかもう一度良く考えた。

「・・・体を冷やすと病を得る。すぐ屋形に戻って着替えよう」

早口に言うと、己が濡れるのも厭わず、阿高は妻を抱え上げる。
誰に見られるか分からない状態で無防備に歩かせるわけには行かない。

「待って、阿高。わたくし歩けるわ、阿高」
「急いだ方がいいから」

阿高はそのまま今来た道を駆け戻っていった。
その様子を始めから最後までじっくりと眺めていた美郷は、ぽつりと漏らす。

「簡単すぎるわ、二人とも」

その顔には、言葉とは裏腹に満足げな笑みが浮かんでいた。



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二人とも抱きついてきた妻を振り払うという選択肢はありません。ありません。(強調)
二連は美郷姉さんに心配かけすぎたのでこれくらいの憂さ晴らしは
当然受けて立つべきだと思われます。あ、いや、私が楽しいだけですスミマセン・・・!
美郷さんはこの類のイタズラを二連にしょっちゅう仕掛けているという裏設定。
なお、美郷はこの後、牧監の田島のところへ行って悪企みの算段をします。巻き込まれる田島萌。
美郷は実は小さい頃からよく田島に面倒を見てもらっていた(そして面倒をかけていた)としたらかなりオイシイなぁという妄想もあったのですが(十歳くらいのかわいくておてんばな美郷と四十路前で『坂東一、馬の扱いにたけ、坂東一、口の悪い男(引用)』田島の妄想は萌ざるを得ないと本気で思っていますが)、あまりにもオリジナル設定過ぎるのでここまでにしました。
ホントに二連は嫁に弱すぎる!という話。


因みに、その後の二連。
藤太側
・いつまで捕まえていればいいのかと思ってふと顔を上げる千種
・物凄く嬉しそうな顔の藤太と目が合う
・自分が何をしていたのかに気付いて真っ赤になる千種。思わず腕が緩む
・「あれ、放してくれるの」と逃げようとする藤太(逃げるふり)
・美郷の言いつけを思い出してまたがしっと捕まえる千種
エンドレス。藤太は目的を忘れています。
阿高側
・何とか持って帰った妻を表からは見えない屋形奥の軒先に下ろす
・ここで不安げな瞳の妻と目が合ってはっとする阿高(おれは一体何をしようと・・・)
・「何かあったの?」「え、いや、何もない」目を逸らす阿高(鈴!透けている!気付け!鈴!)
・目を逸らす阿高にますます不安になる鈴
・「阿高?」ちらっと見ると、心なしか鈴の目が潤んでいるような気がする
・(鈴!見えている!頼むから!あぁもうちくしょう、おれもこんな真昼間から何を考えているんだ!)
・葛藤するも鈴に手を取られ、その手の柔らかさと冷たさに阿高の理性の糸ぷつり
・手を握り返し「鈴、手が冷たい。冷えたか」とそのまま(ry
阿高は目的が吹っ飛んでます。
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