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お返事です・その158&ありがとうございます!!!!!

続きが遅れていて誠に申し訳ございません・・・!
やっぱり届いた本の熟読コースへなだれ込んでしまいました・・・!
自分に甘くてスミマセン・・・!(ダメ人間☆)
その上「祝言の日まで」を読み終わったらまた凄い充実感の中で余韻に浸るという行動が加わるわけで、私ただでさえ読むのが遅いのにこれは・・・という感じです。(しっかりしろ)
読み終わってまず初めに思ったのは、「やっぱりいいなぁ、鳥さや」でした。
しかし時間を置くごとに、稚さやは私の中で動かし難く、かといって科さやの道も残っていてほしい気持ちもあり、空色勾玉はやっぱり名作なんだと改めて感じました。(どんな結論)
原作終了後から祝言に至るまでの空色キャラをここまで丁寧に書いてくださる方と出会えて、そしてリアルタイムで交流させて頂ける奇跡に心から感謝します。


それでは、以下拍手から頂いたメッセージへのお返事です!

みんさま

ようこそお越しくださいましたみんさま!!
お待ちしておりました!!
これをどうぞ・・・つ[そば茶]<相変わらずハマり続けています

>苑上がなぜそこで笑いだしたのか、私も兼倉さんと似たような解釈をしていました。苑上は怨霊を身内から出たもので、自分もそうなってもおかしくない存在だと思ってましたよね。だから阿高が怨霊(=皇=苑上?)をどう思うのかをすごく気にしてたと思うんです。阿高が怨霊を倒すと言ったとき、苑上にとっては皇である自分自身も阿高の味方ではないと言われたようなものでその覚悟を決めたつもりだったけれど、阿高はそこまで考えてなかったんですよね。苑上と怨霊は違うもので、苑上の怨霊と皇が同じという考えまでは及んでいなかったと思うんです。(最後の別れのときも「鈴はちがう。鈴はそうならなかった」って言ってますよね〜ここ大好きです)
>言ってみれば勝手に自分でゴチャゴチャと考えて恐れていたことが、阿高にとってはどうでも良いことだったことに気付いて拍子抜けして、そしてほっとしたんじゃないかな!と思ってました。


おおおお!!
とても丁寧な解説をありがとうございます!!
なるほど、拍子抜け、ですか。
確かにそうですよね。
張りつめていたものがふとゆるむと、笑ってしまうような気がします。
阿高の心が本当に気になっていたということなんですね!
とても納得できました!

>話は変わりますが私がものすごく気になっていることあるので聞いて頂いていいですか?

>ましろが藤太に名を明かすときに「私は阿高の母で、娘」というような台詞があったかと思うんですが(うる覚えです。すみません)これ、娘ってどういうことだろう???ってずっと疑問だったんです。ましろは普通の女として過ごしたかった訳ですから、「蝦夷の巫女という肩書きの無いただの娘」ということを強調したかったのか、まさか阿高の娘に生まれ変わる?これは突拍子の無い考えですかね。。これ皆さんどう解釈されてるんでしょう。深い意味は無いのかもしれませんが、初めて読んだ時からずっと疑問だったので考えお聞かせ願いたいです(>_<)


おお、これはよくいろんなサイト様で目にする疑問ですね。
やっぱり皆様気になっていらっしゃるわけですね。
後は悪路王の正体とか。
実をいうと、私はあまり気になっていないんですよ^^;
原作には書かれていないことと、その後の展開に影響が無いことなので、これにあえて答えを付けても私が創作する内容にはあまり影響が無いと思っています。
それでも無理やり解答するとすれば、私の答えとしては「分からない」というものです。
あ、待ってください!
これは決してさじを投げたわけじゃないんですよ!
別の書き方をするなら「決められない」というのが答えというか・・・書き方が難しいですね。
数学でよく「解なし」という解答があったことを覚えていらっしゃいませんか?
ようはこの感覚です。
答えがだせないのが答え、なんです。
答えがない物に答えを無理やりつけても、それは間違いなんです。
もちろんこれは数学ではないので、この解答が正しいわけではないと思っています。
また、薄紅天女の作品をこえて考える上では、大変面白い題材だとも思います。
例えば、悪路王の正体ですが、これは歴史上では「アテルイ」のことだという説があります。
「アテルイ」と「アクロオウ」は言葉の響きとしても確かに通じるものがあるかもしれません。
また、悪路王が出てくるのは「坂上田村麻呂伝説」です。
詳細は省きますが、悪者である悪路王を英雄坂上田村麻呂が倒すという内容になっています。
両者とも伝説がどんどん変質・追加されていって、真実とはかけ離れているところもあるとは思いますが、このあたりから、荻原先生がなぜ悪路王の名前を薄紅天女に出したのかを調べてみると、意外なことが分かるかもしれません。
これも薄紅天女を楽しむ一つの方法としてはとても魅力的だと思います。
また、ましろの「私は阿高の母で娘」の部分ですが、そのまま阿高の娘として生まれ変わるという予言(ましろ最後の預言)という解釈も成り立つと思います。
原作で書かれていないことは妄想で補完!が基本のオタクならこれで二連と嫁たちの子ども世代の話を書いてみてもとても面白いのではないでしょうか?
また、別の解釈を挙げるとするなら以下のようにも考えてもいいかもとぼんやり思っています。
ましろは阿高に命を与えて死にました。
その命とは一体なんだったのか。
チキサニとしての霊力のようなものも一緒に渡したのか?もしくはそれそのものか?
それにはましろとしての記憶や感情などのアイデンティティ(個性)も入っていたのか?
それでも、ましろとして生きていたまったく同じましろではないことは確かだと思います。
もしくは、昔はまだましろとしての個性が強かったかもしれませんが、身体もなく、普段は自分で話すことも動くこともできない状態なら、人はどうなっていくでしょうか。
人は真っ暗闇の中に閉じ込められると、意外なほどすぐに理性が崩壊してしまうという記事を見たことがあります。(正確な時間は人によって違うようです。数時間という人もひれば、数日という人もいます)
始めはちゃんとましろだったものが、だんだんと阿高の中に溶けていったり、もしくは阿高の個性に影響を受けていったりしたとしてもおかしくはないのではないでしょうか。
そういう阿高の影響を受けて変化した、もはやましろとは呼べないましろを「阿高の娘」と表現したのかもしれません。
阿高が生まれた時から阿高の目で見て、阿高の耳で聞いて、阿高の成長をずっと一緒に体験してきたましろは、見守っているところもあり(母部分)、阿高によって変化したところもあり(娘部分)、そして不思議な力を持つ巫女姫でもある。
・・・どうでしょう。
相変わらずかなり無理やりな解釈になりました^^;
「娘」という言葉を素直に「娘」と取るのもいいですし、「親から生まれたもの」と捉えるのも面白いかもしれないかな、と思ってみました。
今ぱっと思いつく案だとこんな感じです。
また、他の考察サイト様では「ましろが阿高の娘になりたかったという願望ではないか」と言っている方もいらっしゃいました。
読んだ方がひとりひとりいろんな解釈ができるのがとても面白いですね!

とても分かりやすい解説のコメントをくださいましてありがとうございました!
また何か思いつくことやご意見等ございましたらぜひ教えてやってくださいませ!
みんさまのまたのお越しを心よりお待ちしております!!
Rieさま
ようこそおこしくださいましたRieさま!!
お待ちしておりました!!
どうぞこれを・・・!つ[サツマイモごはん]<サツマイモ大好きです!!ホント大好きです!!私もいもねえちゃんと呼んでほしい!!(現実はいもおばちゃんですが・・・)

>宝物展示用のスペースにおいてくださってありがとうございます!

こちらこそ大変素敵な作品を作ってくださって本当にありがとうございます!!
ガーゼハンカチは今日まで宝物展示用スペースに鎮座しておりましたが、水にも強いとのことなので明日から早速使わせていただきます!!!
仕事に出るのが楽しみになりました!
萌と潤いは生きる糧です。

>苑上がどうして笑ったか…。苑上にとっては「助けられた」でも、阿高にとっては、「オマケ」のようなことだったということなのでしょうか。皇のいろんな思惑を、かるく超越している阿高が面白いなあと思いました!

「オマケ」!(笑)
ひどいや阿高!でもこれなら確かに苑上は笑うしかない。
苑上は阿高が皇を助けるか滅ぼすかがとても重要だと考えていますが、阿高にとってはそんなのオマケというわけですね。
あまりにも秀逸な対比です!
そして凄く阿高っぽい。
お陰さまであの当時の苑上と阿高の関係性が少しずつ見えてきたような気がします。
私はいつも結果から逆算して類推していくばかりで、こんな風にリアルタイムの心情を読み解くのが大の苦手です。
お知恵をお貸しくださって本当にありがとうございました!
好きな作品を同じく好きな人たちと語れるって凄く楽しいです。
またぜひよろしくお願いします。

コメントありがとうございました!
Rieさまのまたのお越しを心よりお待ちしております!


6日の19時台(有難き3連パチ!)と本日5時台(嬉しい2連パチ!)に拍手を下さった方ありがとうございます!!!!!
考察もどきが中断しておりましてまことに申し訳ございません・・・!
でもいっしょにちょっとでも面白がっていただけると思うと俄然やる気が出てきます!
結論は決まっておりますので、近日中にはご覧に入れたいと思います!
お付き合いいただけると幸いです!!
拍手ありがとうございました!!!!!