荻原作品と万葉集~「RDG」梓弓…(概要)
- 2014/03/27 01:25
- Category: 薄紅天女>その他荻原先生関連
風邪はずいぶんよくなりました!
ご心配下さったりえさん、Sちゃん、りんこさん誠にありがとうございました!
私が寝ている間にもフォウ!チェックや10連パチなどくださった方々にも心より感謝申し上げます。
書きたいことを好きなように書いている自覚は大いにあるというのに、存在を忘れられていないと思えることの心強さよ…(体調を崩すと気が弱くなっていけません)
さっそく続きを始めます!
梓弓 引きみ緩へみ 来ずは来ず 来ば来其を何ぞ 来ずは来ば其を
梓弓を引いてみたり緩めてみたりするようにやたら気をもませて……。来ないなら来ない、来るなら来るではっきりさせて下さい、それを何ですかまあ。来るとか来ないとかやきもきさせて、何ですかまあ。(伊藤博)
この歌も前と同じく1巻の終盤に深行と和宮の前で舞ったシーンで出てくる歌ですね。
これもやっぱり「ちょっと変」という理由で荻原先生に選ばれた歌です。
この歌はどこが「ちょっと変」と思いますか?
前回は同じ記事ですぐに「ここがちょっと変みたいです」ということを書いてしまいましたが、今回はちょっと間をおいてこの記事を読んでくださっている方にも私と一緒に考えていただけたらと思います。
次の更新を3月30日(日)にしようと思います。(時間は何時になるか分かりませんが、おそらく午後以降になると思います)
それまでこの歌のどこが「ちょっと変」なのか考えてみてください。
変ではなくても、何だかここが気になる、みたいな感覚でも十分です。
正解はありませんから、いろいろ自由にお考えください。
また、もし思いついたことを私に教えていただければ、それを一緒に検討してみます!
Web拍手から、よろしければ是非。
結構めちゃくちゃかも、みたいなご意見であっても取り入れていく方針ですのでお気軽に。
それにしても私はすごく気になることがあります。
荻原先生はどうしてあのシーンで「ちょっと変」な万葉歌を挿入されたのか。
荻原先生なら「まさにこれぞ!」みたいな歌もご存じだったと思うんです。
和宮という神霊を慰撫するような歌とか、挽歌のような鎮魂を目的にした歌とか。
どうしてそういう歌ではなく「ちょっと変」な歌なのか。
そのあたりについても考えてみたいなあとぼんやり思っています。