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額田王と大海人皇子の例の歌(補足)

昨日は時間が時間だったこともあり勢いのままに投稿してしまったので、補足記事を。
二人の歌について、それが宴の席の歌であるという説を、学者の先生がどのように説明しておられるかを引用しておきます。
引用は伊藤博著「愚者の賦」より

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る
紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我れ恋ひめやも


これは、あまりにも有名な歌です。
(中略)
これら二つの歌は「雑歌」の部立を押し立てる『萬葉集』の巻一の中に入っております。
『萬葉集』では、公的な場で歌った歌は「雑歌」に収めるという伝統があります。
歌が恋歌(相聞歌)のかたちをとっていても、公の場で歌い、披露した歌は「雑歌」に収めるという鉄則があるのです。
(中略)
ですから、この歌を文字通りの相聞歌と理解するのは、非常に危険であるということになります。
『萬葉集』では、宴会で相聞的な歌を歌い楽しむ、そしてその楽しみがまた、相手を讃えることにつながっていく、という歌の伝統があるのです。
(中略)
この歌を宴席で歌ったばあい、結句の「君」はだれであってもいい。その座にいる人のなかで、この歌に答える人が出てくれば、その人がこの場での「君」になるのです。
その人が擬制的にこの場の侵入者になるわけです。(※侵入者=野守が見張っている標野への侵入者)
これが当時の宴歌の一つの歌い方なのです。(後略)


以上でこの話題を終了します。
お読みくださった方がおられましたら本当にありがとうございました!