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額田王と大海人皇子の例の歌(補足)

昨日は時間が時間だったこともあり勢いのままに投稿してしまったので、補足記事を。
二人の歌について、それが宴の席の歌であるという説を、学者の先生がどのように説明しておられるかを引用しておきます。
引用は伊藤博著「愚者の賦」より

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る
紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我れ恋ひめやも


これは、あまりにも有名な歌です。
(中略)
これら二つの歌は「雑歌」の部立を押し立てる『萬葉集』の巻一の中に入っております。
『萬葉集』では、公的な場で歌った歌は「雑歌」に収めるという伝統があります。
歌が恋歌(相聞歌)のかたちをとっていても、公の場で歌い、披露した歌は「雑歌」に収めるという鉄則があるのです。
(中略)
ですから、この歌を文字通りの相聞歌と理解するのは、非常に危険であるということになります。
『萬葉集』では、宴会で相聞的な歌を歌い楽しむ、そしてその楽しみがまた、相手を讃えることにつながっていく、という歌の伝統があるのです。
(中略)
この歌を宴席で歌ったばあい、結句の「君」はだれであってもいい。その座にいる人のなかで、この歌に答える人が出てくれば、その人がこの場での「君」になるのです。
その人が擬制的にこの場の侵入者になるわけです。(※侵入者=野守が見張っている標野への侵入者)
これが当時の宴歌の一つの歌い方なのです。(後略)


以上でこの話題を終了します。
お読みくださった方がおられましたら本当にありがとうございました!

額田王と大海人皇子の例の歌

額田王と大海人皇子の例の恋歌について語ります!

前提
額田王は他の大勢の人たちと共に、薬狩りにやってきていました。
その晩の宴の席にて、みんなの前で歌を詠みました。
当時から歌の名手として知られていた額田王の歌に、きっと宴の人たちは大いに期待しながら耳を澄ましたことでしょう。
あの、有名な額田王が、今日のみんなの楽しかった思い出を、どんな美しい歌にして聞かせてくれるのか・・・


それでは、読んでいきましょう。
まず、下の記事で歌の訳を載せていますが、ここでは一旦その訳を忘れてください。
なんだって!?
とりあえず、歌を読んでみてください。

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや・・・


どうでしょう。
きっと違和感がありますね。
いいのです。
とりあえずこのまま訳してみましょう。


あかね色に匂う紫の草の生いしげる標野をあちこち行き来している。野守が見るかもしれません・・・


何を!?
・・・と、宴の席の人たちは思ったと思いませんか?
私はこれが言いたかった!
つまり、この歌は最後の「君が袖振る」がなければ、恋の歌ではないのではないかということです!
「君が袖振る」によって、一気に恋の歌になっているのです!
当時の状況を想像してみましょう。
当然ですが、宴の席に集まっていた人たちはどんな歌が詠まれるのか事前に知っていたわけはありません。
額田王が一句ずつ声に出す度に、その景色を各々で胸に描きながら聞いていたはずです。

あかねさす・・・


「あかねさす」は「日」「火」などの明るい色を導く枕詞です。
聞いた人たちは明るい昼の記憶を脳裏に思い描いたでしょう。

紫野行き 標野行き・・・


「行き」が二回繰り返されます。
色とりどりの衣装をまとった大勢の人たちが、あちらへ行き、こちらへ行きしつつ楽しんでいる和やかで美しい風景が浮かび上がります。
さすがは額田王です。
みんなの楽しい思い出をまるで映画のワンシーンのように美しく歌い上げています。
彼女がこの一日の楽しい思い出をどんなふうにまとめ上げてくれるのか、みんな期待が高まります。

ここまでは、聞いた人たちも「うんうん」と思いながら昼の光景を思い出しているはずです。
みんなが知っている風景です。
さて、次です。

野守は見ずや・・・


「・・・うん?」
聞いていた人たちは、ここで一瞬虚を突かれます。
野守(のもり)は薬狩りの主要な登場人物ではありません。
「標野(しめの)」という天皇の御領地へ、関係無い者が入ってこないように見張っている番人です。
薬狩りに参加していた人たちはおそらく誰も見ていないか、見ても風景の一部として気に留めていなかったはず。
そんな脇役のはずの野守を、額田王は登場させました。
これがとても巧い!と思うのです。
この直前までは、きっと聞いている人たちはそれぞれバラバラの昼の記憶を思い出していたでしょう。
それが、この「野守」が突然登場したことで、みんなの関心が一気に集中します。

「野守」はいったい何を見ていたと思いますか?

・豪華絢爛な薬狩りの風景
・高貴な方々の優雅なしぐさ
・天皇の徳がもたらした美しく晴れ渡った空
・その他

どれでも歌としては整合性はある気がしませんか?
その歌が名歌といえるかどうかは置いといて、考えてみてください。
悪くはない、気がする。
しかし、額田王が野守に見せたのは、誰もが予想もしない光景でした。

君が袖振る・・・


「君が袖振る」ですよ・・・!?(落ち着いて)
袖を振るのは、恋しい人に送る合図!
この言葉が発された瞬間、宴は一瞬の静寂に包まれ、次いで一気に「わあああああ」と盛り上がったのではないでしょうか。
私はそれを想像してとても胸が熱くなりました。
額田王は、天才だ・・・!


いろいろな本を読んでいると、その訳のほとんどが、「最初から恋歌として訳している」んですよ。
だから私もこの歌を読む時、頭から恋歌として解釈していたんです。
もう一度、永井さんの訳を載せてみますね。

あかね色に匂う紫の草の生いしげる標野をあちこち行き来なさりながら、あなたは盛んに袖を振っていらっしゃる。まあ、そんなことをなさって、野の番人に見つけられませんか。

悪いわけじゃない。
むしろとてもわかり易くて素敵な訳です。
でもこの訳だと、最初から恋の歌になっていて、宴の席であったであろう、大どんでん返しのようなスリリングな雰囲気がない。
私はあえて主張したい。

この歌は、最後の「君が袖振る」で一気に恋歌に変貌するのだと!

実は、こんな読み方をしている本は一冊もありません(少なくとも私は読んだことが無い)
なので、たぶんとても邪道な解釈なんだと思います。
もしかしたら、いや、たぶん間違っている・・・。
でも、私はこの思いつきで、それまで食傷気味だったこの歌が一気に好きになったのです!
完全に手前味噌で恐縮ですが・・・
すでに十分知っていると思えることでも、見方を変えると新たな姿に出会うことができるかもしれないという可能性を教えてくれた歌でした。

さて、あとは蛇足かもしれませんが、これに応えた大海人皇子の歌も同じように見てみてください。

紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに・・・



紫草のように匂やかな愛しい人。あなたを憎く思うだろうか、人妻ゆえに・・・

大海人皇子は何と返すのか?
宴の席の人たちはどんなふうに期待したでしょう。

人妻ゆえに

・私はあなたへの想いを諦めざるを得なくて苦しいです
・あなたに振った袖は私の涙で濡れています
・あなたの幸せを思って身を引きます

大海人皇子の性格を考えたらありえないことかもしれませんが(想像上の性格しか知りませんがたぶん)、こんな締めの句でも、歌としては違和感はないはず。
でも、大海人皇子は

我恋ひめやも・・・


(却って一層)私は恋しいのだよ

と、返すのです!
ここでも宴は大盛り上がりになったことでしょう。
二首とも最後の一句で歌の価値を一気に押し上げているように思います。


万葉時代について過去に語った記事で、「文字ではなく、音が重要だった時代」というようなことを自分に言い聞かせるように何度も書いていた気がします。
それを思い出しながら、今後もこの時代の空に想像の翼を広げ続けていきたいと思います。
ここまでお読みくださった方がおられましたら、本当にありがとうございました!
それではまた、別の記事にてお会いしましょう。

額田王と大海人皇子の例の歌(前置き)

お久しぶりの万葉歌語りです。
まずは次の歌をお読みください。

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る
(巻1二〇額田王)

紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも
(巻1二一大海人皇子)

ご存知のお方も多いでしょう。
現代においてはおそらく万葉歌の中で最も有名な歌といっても過言ではないかもしれない、額田王と大海人皇子の恋歌。
訳はおおむね以下の通りです。

額田王
あかね色に匂う紫の草の生いしげる標野をあちこち行き来なさりながら、あなたは盛んに袖を振っていらっしゃる。まあ、そんなことをなさって、野の番人に見つけられませんか。
(永井路子・著「万葉恋歌」より引用)

大海人皇子
紫の美しい色のように、匂いやかな、あなた・・・もし、あなたのことが憎らしかったら、何もこんなふうに恋い慕いはしませんよ。もう人妻になっているあなたなのに。
(同上より引用)


細かい部分では少々論争があるかもしれない訳なのですが(「あかねさす」を枕詞ではなくそのまま訳していたり、「紫野」を紫草の野ではなく「紫色の花が咲く野」ととっていたり。間違いではありませんが、王道の解釈とは言い切れないところもあります。私はこの解釈好きですが)、今回はスルーします。
とりあえず、歌の大意をご覧ください。
この当時、額田王は天智天皇の妃の一人であり、大海人皇子は彼女の昔の恋人という関係です。
二人も含めて、宮中の大勢で薬狩りという遊興にやってきています。
そんなたくさんの人たちが楽しく過ごしている中で、天皇の妃の一人が昔の恋人からアプローチされていたという、一種の高貴なお方々のスキャンダルともいえる場面です。
実際はおそらく宴の席での戯れの歌だったのだろうというのが現在の定説のようですが、恋人同士だった二人が夜の宴の席で、大勢の人を前にこんな歌を詠み交わし合ったとしたら、それはそれは盛り上がったことでしょう。
実はこの二首は、そのインパクトの大きいシチュエーションも手伝って、万葉歌を紹介する本のほとんどに載っています。
ネタを限定している本でもない限り、一般向けの万葉本にはたいてい載ってるんじゃないかって思います。
・・・載ってない本、無いんじゃない?(言い過ぎか)

そんな歌なので、私としては本を読んでいても「額田王」「あかねさす」と見ただけで、

「ああ、例の歌か。知ってるよ」

だってみんな同じこと書いてるから!(※一般向けのものはどうしても二人の関係や当時の習俗の説明に紙面を割くことになるので、書き手の方の技量とか知識とか個性などのせいでは決してないのですが)
若干食傷気味になっていても致し方ないじゃないか!

そんな私が、この歌にもう一度出会いなおすことになった話を、ぜひ聞いてほしい。
話というか、思いつきというか。

いやあ、長かったですね、この前置き(何だって)
次の記事で結論を書きます。
その記事だけ読んでも分かるように書きたいと思います。
じゃあなんでこの記事書いたのか?
それは私のこの歌への思い入れを書きたかったからです!

それでは次の記事で!

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