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出雲大社宮司の家系

世の中が千家国麿さんと高円宮典子さまのご婚約に沸いている!?(おめでとうございます)
こんなビッグウェーブを逃してもいいのか・・・!?
みなさん、千家国造家の始まりは、古事記の出雲国譲り神話に書かれていますよ(コソッ
ここでは国譲り神話は日向神話の前置きとしてちらっとしか書いていませんでした。
今こそ、ちゃんと語ってもいい感じのタイミングではなかろうか・・・(ドキ…ドキ…)


と、いうわけで、近いうちにまたのっそり何か語り始めるかもしれません。

読書の波

RDGやサラシナを立て続けに読んだためか、急速に活字中毒の波がきてます。
しばらく籠るかもしれません。
家持さん関連の小説9冊に加え、ナルニア国ものがたり全7巻と指輪物語全10巻(文庫本)&ホビットの冒険とゲド戦記全6巻が、現在私の目の前に巨大な塔として聳えております。

本歌取りと万葉集~斉藤茂吉と本歌取り~

拍手をくださったお方本当にありがとうございます!!
生きててよかった・・・!
連休中結局予定を立てられずに四日間ただゴロゴロして過ごしてしまったという痛恨の連休でした。
何もしないのも悔しかったので、RDGをちまちま読んでいて、5巻まで読み切りました。
連休唯一の収穫です。
6巻はまたゆっくりペースで読んでいこうと思います。


さて、それでは長らく間が空いてしまいましたが、本歌取り語り最終回、斉藤茂吉と万葉集の本歌取りについて!
まずは本歌となった万葉歌から

うらうらに 照れる春日(はるひ)に 雲雀(ひばり)あがり
  (こころ)悲しも 独りしおもへば
(巻十九-4292 大伴家持)

歌意:うららかに照っている春の日の中に、ひばりの声が空高く舞い上がって、この心は悲しみに深く沈むばかりだ。ひとり物思いにふけっていると。(青木生子)

これ、万葉歌なんですよ、信じられますか?
万葉歌といえばみんなイメージするのが「素朴」「純粋」「牧歌的」「いい意味で単純」などなどだと思いますが、この歌はそんなイメージからは遠くかけ離れています。
春の日が差し込み美しいひばりの声が響き渡っているという自然の明るさという上の句と、それとは真逆の作者の鬱屈した暗い真情を読み込んだ下の句は、なぜか不思議なほど自然に繋がり、それどころか互いが互いをよりいっそう引き立てているように感じます。


詳しい説明は後程行います。
それでは上記の歌を本歌とした、斉藤茂吉さんの本歌取りの歌をご覧ください。

うらうらと (てん)雲雀(ひばり)は ()きのぼり
  雪(はだ)らなる 山に雲ゐず
(歌集「赤光(しゃっこう)」より)


斉藤茂吉さんの初期の歌集「赤光(しゃっこう)」に収録されている五十九首の連作「死にたまふ母」の中の一首です。
この歌は、死んだ母親を火葬した夜が明けた情景を詠んでいます。
作者の深い悲しみとは関係なく、長閑な春の空には雲雀が鳴き、白い残雪もようやく小さくなった遠くの連山は雲もなく美しい姿を惜しみなく晒している、まさに万葉歌の美しい自然が引き立てる深い悲しみが見事に詠み込まれています。


実は、始めにご紹介させていただいた万葉歌は家持さんの作です。
いろんな万葉紹介本に春愁(しゅんしゅう)絶唱(ぜっしょう)三首」として他の二首と共に、家持さんの作品の中で最高傑作として紹介されています。
家持さんが三十五歳の時の歌です。
初めての大任であった越中国司を無事に果たし、ようやく待ちこがれた故郷の奈良に帰ってきた時、都は藤原氏の支配が確立してしまっておりました。
名門の大伴氏といえどもまったく身動きの取れない、絶望的な政治状況になっていたのです。
越中国司時代には、聖武天皇から直々に頼りにしていると言葉を掛けられて感動したこともあった「荻原作品と万葉集~海行かば~」参照のに、この落差。
家持さんは大伴氏全体を率いる立場にあったはず(たぶん)なので、一族からの期待や失望などを一手に背負わなければならなかっただろうことを思うと、その心労はどれほどのことだったか。ああ、家持さん・・・。


いろいろな思いがたくさん詰め込まれている万葉集。
後の世に多くの人びとが心魅かれ、その思いを表す方法の一つが、この「本歌取り」だったのだと思います。


さて、それでは最後におまけとして、万葉歌から万葉歌への本歌取りっぽい歌を紹介して終わりたいと思います。
万葉歌人たちもやはり先人の歌は勉強していたはず!
まずは先に詠まれた歌の方から

桜田へ (たづ)鳴き渡る
 年魚市潟(あゆちがた) (しほ)()にけらし (たづ)鳴き渡る

歌意:桜田の方へ鶴が鳴いて渡っていく、年魚市潟の潮が引いたようだ。桜田の方へあれ鶴が鳴いて渡っていく。(木俣修)

年魚市潟は今の愛知県の語源になっているということは以前語ったことがありましたね。(参照:「時代は東海だ!in愛知」
詠んだのは高市黒人(たけちのくろひと)という役人で、柿本人麻呂と同時代に生きた人です。
非常に単純な情景を詠んだ歌ですが、同じ言葉を繰り返している所にどこか不思議な余韻が籠っていて、それがまるで鶴の声や羽音が残響しているような気にさせられる、実に味わい深い歌です。


それでは本歌取りしたっぽい歌。

若の浦に 潮満ち来れば (かた)()
   葦辺(あしへ)をさして (たづ)鳴き渡る

歌意:和歌の浦に潮が満ちて来たので、干潟が無くなり、岸辺の葦の生えている辺りをさし鶴が鳴きながら飛んでゆく。(稲岡耕二)

これはさっきの黒人や人麻呂の時代より一つ次の世代の山部赤人が詠んだ歌です。
赤人といえば「田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける」で有名ですね。
今回取り上げた歌は、はっきり黒人の本歌取り的な意識があったかどうかは定かではありませんが、ともに旅の中で詠んだ歌(※場所は違います)なので、万葉集の中でどことなく共鳴しているような気がしてしまうのです。



では、これにて本歌取りと万葉集の語りを終わります!
また何か面白そうな題材を見つけたら追加で語るかもしれません。
その時はまたお付き合いいただけたら嬉しいです!

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Re:当サイトは11歳になりました
2021/12/09 20:35 兼倉(管理人)
Re:当サイトは11歳になりました
2021/11/27 12:01 りえ
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