一個前の記事の続きです。
先にこの記事をお読みいただかないと流れが分からないので、まずはそちらをご一読下さい。
セクハラ阿高に仕返しする鈴。
「わたくしも確かめたいわ」
「え」
夫はきょとんとした顔でこちらを見下ろしていた。
鈴はさらに言い募った。
「あ、阿高だけ確認するのはずるいわ。わたくしも確認したい」
「・・・まあ、いいけど」
鈴は夫を見上げた。
彼の日に焼けた顔は随分と精悍な印象を与えている。
しかし、それに反してこの男はたまに無邪気な悪さを妻に仕掛けることがあった。
今のことにしてもそうだ。
突然物置小屋の陰に連れていかれたと思ったら、抱きすくめられた。
いったい何事かと問うも、理由はいまいち判然としない。
しかもその表情からは下心などまったく見てとれないのだ。
今も、その表情は平時と少しも変わりない。
その曇りの無い瞳に見下ろされていると、こちらばかり焦っているのが段々恥ずかしいような気がしてきた。
承諾は得たのだ。
とりあえず、夫の腰に抱きついてみた。
「・・・うぉ」
若干動揺したような声が頭上から聞こえた。
同時に彼の腕が上がりかける。
それを見て鈴は一喝した。
「だめ!」
「え」
「動いてはだめよ、阿高」
先ほど掛けられた戒めを逆に夫へ掛ける。
阿高は渋々腕を両脇に下ろした。
そしてそのまま二人とも暫し無言になる。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・どうだ、何か分かったか」
「・・・・まだ、分かりません」
「ふうん」
「・・・・・・・・・」
実は何も考えていなかった。
そして気のせいではなく視線を痛いほど感じる。
鈴は抱きついたまま言った。
「阿高、目を閉じて頂戴」
「え、目まで閉じるのか」
「そうです」
「それで何が分かるんだ」
「い、いろいろです」
「ふうん・・・閉じたよ」
腕を緩めて上を向くと、確かに夫は大人しく目を閉じていた。
夫の顔をこれほど間近でじっくり見る機会はそうそうない。
男にしては長いまつげに縁取られた目元はとても優美に見えた。
この瞳から、大粒の涙が零れ落ちた日を覚えている。
不意に胸が詰まった。
腰から腕をはずして、そっとそこに触ってみた。
さわさわとした感触だった。
今はもう笑みに眇められることが多い。
鈴はその瞬間を見るのがとても好きだった。
「・・・鈴、くすぐったい」
「我慢して」
「・・・・・・・・・・」
「阿高、座って頂戴」
「注文が多い」
「手が届かないんだもの。お願いよ」
「・・・まったく」
優美な目元から、今度は日に焼けた頬へ手を滑らせる。
ほつれた髪の一房をそっとよけてから、改めて両手で包み込むと、そこは張りがあってさわり心地がよい。
知らず妻の口端から笑みがこぼれた。
暫くその感触を堪能してから、更に指を滑らせて口元へ。
その赤い色は鈴の瞳を捉えて離さなかった。
暫し見惚れる。
手を伸ばす。
指先が震えた。
そして諦めた。
どうにもそこに触れることは平常心では出来そうにない。
気を取り直して今度は結い上げられた髪に指を通してみる。
細いが芯のある髪質だった。
さらさらと指の間を流れていく。
「阿高の髪はきれいね」
「・・・そうか」
無感動な声が返ってきた。
彼は自分の姿かたちには無頓着なのだ。
鈴は気にせず、もう一度彼の髪を梳いた。
そして最後の一房が流れ落ちるのと同時だった。
妻の影が夫の影に重なった。
「!!」
戒めを破って伸ばされた腕を寸でで避ける。
「おい、鈴、今のは」
動揺を隠せずに妻を唖然と見つめる夫へ告げる。
「分かったわ」
「な、なにが」
「ふふふ」
「鈴」
「阿高の目も頬も口も髪も、その他も全てがとても愛しいわ」
「え・・・」
「わたくしは阿高が大好きだということが、よく分かったの」
「・・・そ、そうか」
「じゃあ、わたくしまだ仕事が残っているから」
「え、あ」
「阿高もしっかりね」
手を振って嬉しそうに去っていく妻を、阿高はその場で動くことも出来ずに見送った。
先ほどの衝撃は相当大きく、阿高はいまだに動揺していた。
妻の姿はあっという間に屋形へ消えていった。
それを見届けてから、阿高は何とか残っていた僅かな冷静さをかき集めて、今の状況と対応について必死に考える。
そしてその結果。
「よし、今夜絶対問い詰めよう」
固く決心した。
----------------------------------------------お、終わった・・・。
というか、阿高が動揺しすぎのような気も・・・。
私はいったい阿高をどこにもっていきたいのか。(自分でも分かりません。おおお)
そして合間に更新作業もしました。
これの一個前のログまで収納してます。
あと、無題も1個UPしました。
こちらは藤千で、藤太の嫁盗りがテーマなんですが、伊勢阿高と同様その一部だけです。
全部を通して書く技術が無くてすみません。
一応ちゃんとした妄想もあるので、いつか書けたらいいなと思っています。