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続けて読んでいます

まだ「愚者の賦」を読んでいます。
本当は「Ⅱ書評」を読み終えてから書き込もうかと思っていたのですが、私の読む速度が遅すぎて全然進みません。
しかし何とか読み進んで残り2編となりました。
ここまで読んでみた感想は、「Ⅰ随想」では伊藤先生のまろやかな優しさと万葉集に対する愛着を感じたのに対して、「Ⅱ書評」では学問に対する畏敬と厳しさを見せ付けられたという感じです。
時にはかなり攻撃的な文章も散見するにつけ、伊藤先生という方は、万葉学という学問においては本当に少しの手加減も許さない厳格な態度で望まれているのだなと思い知らされました。
学者の方は本当に厳しい世界に生きていらっしゃるのですね・・・。
読んでいてこちらも身が引き締まる思いでした。(まだ途中ですが)
それからもう一つ。
今回伊藤先生の本を読むに当たって、隣に漢和辞典と国語辞典を置いて、ひたすら文字の意味を引きながら読みました。
さすが文学分野に造詣の深い方の文章、意味が分からなかったり、そもそも読めなかったりする熟語や単語のオンパレードです!(←漢字苦手な人の台詞)
私自身が如何に浅薄な知識しか持っていなかったかといことを痛感させられました。とほほ
まぁでも新しい言葉に出会えたり覚えられたりするのは単純に楽しいと思ってしまいます。
それというのも書かれている文章がどれも卓越していて、文章そのものがすでに芸術のようだからです!(自分が文才無いのでより一層感じます)
冒頭の言葉が既に別格!そして文末の〆方が秀逸すぎる!
本当に文章のうまい人の文章はもうそれ自体が光り輝いて見える気がします。
伊藤先生の本はホントにおススメです!
因みに私が普段よく読む考古学の図書では熟語や言葉よりも地名や遺跡名や考古学用語に読めないものが多いです。
隣に辞書と共に地図帳を置いています。
始めはあまり気にせず読んでいたのですが、段々堪らなくなって自分で地図帳を選んで買いました。
2ヶ月くらい吟味に吟味を重ねて選んだのが「なんでもひける日本地図(成美堂出版)」という地図帳です。
各都道府県が見開き1ページに収められていて使いやすいです。
そこそこ細かい地域名も出ているし、地形の凹凸も分かりやすく示されているのでただ眺めているだけでも結構楽しかったりします。

さて、では続きを読み進めてきます!
・・・しかしこのペースでは返却までに4冊読みこなすのは難しいかもしれない・・・ううう。

まだまだ読んでます

「愚者の賦」をもりもり読んでいます。
現在「Ⅰ随想」を読み終えて「Ⅱ書評」を読んでいます。
読み終えた「Ⅰ随想」はとても面白かった!
伊藤先生のまろやかで謙虚な人柄がにじみ出ていました!
一気に惚れた!
考古学の最愛は森浩一先生ですが、万葉学(を含む文献学)の最愛は間違いなく伊藤博(いとうはく)先生です!
これから伊藤先生の著作をもりもり収集&読破していきたいと思います。

伊藤先生はもう本当に万葉集を愛していらっしゃるんだなぁというのがヒシヒシ伝わってきます。
一つ一つの歌に対する愛情の注ぎ方が尋常じゃない。
秀歌選10冊あったらその中の1冊にも選ばれないような歌にすらも光を当てて、読者の中にその歌の息吹を吹き込んでくれるような解説と視点が随所に散りばめられています。
もともと家持の有名な絶唱三首も明治以前までは誰の目にも留められない(=誰にも価値を感じられない)歌だったわけなので、見方や解釈一つでまだまだ新しい見解が出てきてもおかしくないんでしょう。
それにしても本を読んでいるにつけ、伊藤先生は本当に一つも取りこぼさず、万葉歌全てを愛していらっしゃるんだなぁと思わせてくれます。
そして読んでる私もそれに影響されてどんどん万葉の世界に憧れていくという(単純)
歌自体も素敵ですが、それが詠まれた時代の背景や価値観の読み解きも最高に面白いです!
薄紅天女の時代の直前までの時代に詠まれた歌なので、きっと阿高や藤太や千種や鈴や広梨や茂里や他の皆も、同じ空気の中で生きていたんだろうなぁと思うとさらに楽しくなります。
万葉集楽しいな!

「愚者の賦」を読んでいます

また↓の記事を流すために書き込み。(恥ずかしいなら書かなきゃいいのに)

昨日借りてきた本でまず「愚者の賦」から読んでいます。
万葉学者伊藤博(いとうはく)さんのエッセイテイストの本のようです。
万葉集の内容自体に関するものから、日常生活の中で万葉集が関わったエピソード的なものまで色々入っています。
万葉集という文学自体にももちろん興味はありますが、それを研究している方の人となりを知るのもとても楽しいです。
あぁ、こんな人が万葉集や古代史を研究しているんだな、好きなんだな、と思えるのが嬉しいのです。
まるで同じ趣味の友達が隣にいるような・・・というと偉大な学者先生に対して失礼極まりないことですが。^^;

ちなみに、こういった本は前から大好きと公言している考古学者の森浩一先生や、専門である数学分野の先生方の本もよく読んでます。
その中で共通して言えることは、「学問に対して愛情や誇りを持っているだけでなく、常に畏敬の念をも持って接していらっしゃる」ということだと知りました。
もちろん各先生方が著された学術書自体からもその感情は伝わってくるのですが、こうして日常生活が垣間見える文章を目にするとそれがより鮮明で顕著に現されていると感じます。
学問は分野を問わず、やりこんでいけばいくほどそれがだんだん自分の手の中に入っていくような感覚に陥ることがありますが、本物の学者の方というのは、自分の学問に対して決して驕ることなく、慎ましく、そして厳しく接していらっしゃるのだと思いました。・・・というか、そういう態度の人が好きということなんですが。
中にはエンターテイメント性を重視して自分の思い込みに突っ走ってしまっている本も見かけます。
エンターテイメント自体が悪いとは思ってません。
やはり「面白い!」「楽しい!」と思うことがそもそも学問を始めるきっかけになると思うので。
私も始めはそんな本も多く読んでいました(やっぱり面白いので)。
しかし少ないながらも何冊かの本を読んでいく中で、少しずつ気付くようになるのです。
根拠の脆弱さや論の強引さ、思い込みによる多角的視点の欠如(=客観的視点がない)やそれに伴う排他的態度など。
それを意図的に使っている方も稀に見かけますが、そうで無い場合もやはり無いとは言い切れないようです。
持論を疑うこと、別の観点から見つめること、そして何より学問と先達に対して敬虔な態度で臨むことが、学問をする上で何よりも大事なんだとつくづく感じる毎日です。

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