Entry

因幡の素兎神話~大穴牟遅神と兎~

※コメントの返信はこの記事の一番下にあります※

随分間が空いてしまいました!
ちょっと前回の復習から!

そもそもこのお話は「大国主神」が兄たちに国を譲られた理由を長々と説明する、その一番初めの話でした。
つまり、古事記が書かれた時点では、大国主神が広い国を治めていたという過去(現在?)が当時の人々の共通認識としてあったのだろうと想像できます。
これまで何度も書いてきましたが、「神話は現在の保証」としての役割があるのです。
因みに前回は特に触れませんでしたが、大国主神の兄たち「八十神」はもちろん八十柱(神様を数える単位は「柱」)もいるという意味ではなく、たくさんという意味で、西郷信綱さんによると「大国主にかく庶兄弟が多いのは、(略)大国主が国主たちの典型化であることとも無縁ではあるまい」とのことです。ほほう!なるほど!

さて、前回ウサギは先に通りかかった大国主神(この話の時点では大穴牟遅(おほなむち)神)の兄たちのアドバイスに従ったところ、怪我がよりいっそう悪化してしまったのでした。
ますます泣いているウサギの元に現れたのは・・・

(かれ)、(ウサギは)痛み(くる)しび泣き伏せれば、(もと)(のち)()大穴牟遅神(おほあなむぢのかみ)、その兎を見て()ひしく、

「何の(ゆゑ)にか(なむち)が泣き伏せる」

といひき。

兎「うわあーん!痛いよう!痛いよう!」
大「(う、兎が泣いてる!?うわあ、かなり痛そうな怪我だな。素通りしちゃダメだよな。一応理由を聞こうかな)一体どうしてお前は泣いているんだ・・・?」

ここでの大穴牟遅神のセリフはちょっと注目かもしれません。
兄たちはウサギが伏せっているのを見て「怪我を海水で洗って風に吹かれながら高山の尾の上に伏せっていろ」と一方的に言っただけでした。
ところが大穴牟遅神はまずウサギに理由を聞いています。
この次からウサギが怪我をした理由を長々と語ります。
皆様ご存知の、あの話です。

兎が(こた)へて言ひしく、

(やつかれ)淤岐(おきの)(しま)()りて、此地(ここ)に渡らむと(おも)ひしかども、渡らむ(よし)()かりき。(かれ)、海の和邇(わに)(あざむ)きて言ひしく、

(あれ)(なむち)と、(くら)べて、(うがら)の多さ少なさを(はか)らむと(おも)ふ。故、汝は、その族の()りの(まにま)に、(ことごと)()()て、この島より気多(けた)(さき)に到るまで、皆()()し渡れ。(しか)くして、(あれ)、その上を踏み、走りつつ読み渡らむ。ここに、吾が族といづれか多きを知らむ』

といひき。かく言ひしかば、(ワニは)欺かえて()み伏す時に、吾、その上を踏み、読み渡り来て、今(つち)に下りむとする時に、吾が曰く、

『汝は、我に欺かえぬ』

と言ひ(をは)るに、即ち(もと)(はし)に伏せりし和邇(わに)、我を捕へて、悉く我が衣服(ころも)()ぎき。

兎「私はもとは隠岐島にいましたが、どうしても因幡国の気多の岬に渡りたかったのです。でも私にはその術がありませんでした。そこで私は一計を案じました。海にたくさんいたサメにこう言ったのです。

『サメさんたちよ、私とお前たちとで、どちらの一族が多いか比べてみよう。お前たちは一族を連れてきてこの島から気多の岬まで並んでくれ。私がその上を渡りながら数を数えてあげよう』

こうして私はサメたちの上を渡ってここまで着ました。しかし、渡り終わる直前で

『サメたちよ、騙されたな。私はただこちらに渡りたかっただけなのさ』

と言ってしまったのです。それを聞いた一番端にいたサメが私を捉えて皮を全部剥いでしまいました」

なかなか賢いウサギですね。
神話や昔話では、「目の前の困難を知恵によって乗り越える」話がたくさんありますが、これもその一つといえるでしょう。
ただ、この話が他の神話や昔話と違うのは、最後の最後でウサギが失敗しているところです。
守屋俊彦さんはこれを「最後にウサギが失敗するのはオホアナムヂのすぐれた治療能力を導くため」と考察していらっしゃいます。
それでは続きを見てみます。

これによりて泣き(うれ)へしかば、まず行きし八十神の(みこと)(もち)て、(をし)へて()らししく、

海塩(うしほ)()み、風に(あた)りて伏せれ』

とのらしき。故、教の如く()しかば、我が身、(ことごと)(やぶ)れぬ」

といひき。

兎「サメに皮を剥がれた痛みで泣いていたところ、先に通りかかった八十神様たちがこう仰いました。

『怪我を海水で洗って風に吹かれながら高山の尾の上に伏せっていろ』

だからその教えの通りにしたら、私の体は更に悪化してこのような有様になってしまったのです。ううう」

八十神のこのアドバイスについては前回も書いたとおり、山田永さんは「海水で洗うことも風で傷口を乾かすことも治療の一種です。いじめではありません。問題は、その治療方法が正しかったかどうかなのです」という解釈をなさっています。
では、その正しい治療法とは?

ここに、大穴牟遅神、その兎に教へて告らししく、

「今(すむ)やけくこの水門(みなと)()き、水を(もち)て汝が身を洗ひて、即ちその水門の蒲黄(がまのはな)を取り、敷き(ちら)してその上に輾転(こいまろ)ばば、汝が身、もとの肌の如く必ず癒えむ」

とのらしき。故、教の如く()しに、その身、もとの如し。これ、稲羽(いなば)素兎(しろうさぎ)ぞ。今には兎神(うさぎがみ)()ふ。故、その兎、大穴牟遅神に(まを)ししく、

「この八十神は、必ず八上比売(やかみひめ)を得じ。袋を()へども、()(みこと)、(ヤカミヒメを)()む」

とまをしき。

大「まず急いで河口に行って、真水でお前の体を洗うんだ。次に河口近くの蒲の穂をとって敷き詰めたら、その上に体を転がせなさい。そうすればお前の体は元通りになるよ」
兎「・・・(治療中)・・・うわあ!本当だ!元通りになった!」

これ、稲羽の素兎ぞ。には兎神と謂ふ。
これですよ!
神話の常套句!
「今、ウサギ神といわれているのはこのウサギのことだ」
神話の話が今につながりましたね!
この表現をみると、大国主神だけではなくこの「ウサギ神」も1300年前は広く知られた神だったようですね。

ウサギは大穴牟遅神の「正しい治療法」によって、無事元の体に戻りました。
「真水で洗って、蒲の穂を使う」という方法について少し見てみます。
真水で洗うのはいいとして、蒲の穂がウサギの毛皮になるというのは流石に神話としての呪術的展開ですね。
でも、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』で蒲の穂を止血剤に使っていたことが記載されているので、実際の医療知識に基づいたアドバイスともいえるのです。
人間が行えば止血になる治療も、大国主神が行えばウサギの毛皮にもなってしまうというイメージでしょうか。

さて、最後にウサギが予言しています。
「八十神は絶対に八上比売を娶ることは出来ません。袋を負わされるような立場でも、必ずあなたが八上比売を娶るでしょう」
このウサギのセリフ、助けてもらったお礼のようにも読めますが、一方では八十神たちのような知識のない男たちよりも正しい知識を持っている大穴牟遅神を、八上比売は必ず見抜くだろうという予想をしているようにも思えます。
その理由は二つ。
まず、報恩譚(ほうおんたん)(恩返しの話)は仏教説話集から始まりますが、これは古事記よりも100年ほど後のことだそうです。
もう一つは、このすぐ次のシーンですが八上比売が自ら直接「私はおまえたち(八十神)の言うことは聞かぬ。大穴牟遅神に()う」と宣言します。
古事記の婚姻譚はここでは二つ過去に語ったことがありました。
スサノヲとクシナダヒメ、そしてニニギとコノハナサクヤヒメです。(本当はイザナキとイザナミにもほんのり触れてますが)
思い出してみてください。
両方とも結婚の決定は「父親」が下していませんでしたか?
アシナヅチと山津見神です。
しかし、八上比売は違うのです。
自ら進んで婚姻の相手を選ぶのです。
鳥取県立博物館の某学芸員の方は「女首長的な人物だったのでは?」と想像していらっしゃいました。
そんな人物だからこそ、人を見抜く目は確かだったのではなかろうか・・・?と思ってみたり。
あくまで私の想像です。
この件に関しては浅見徹さんが「ヤカミヒメを、ウサギの言葉が言霊となって動かした」と考察していらっしゃいます。
これもまた面白い見解ですね!


さて、因幡の素兎神話はこれにて終了です。
もちろんこの後も古事記は続いていき、大穴牟遅神は試練に見舞われることになります。
また機会があれば書きたいと思います。

旧年は皆様本当にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします!


そして大変遅くなりましたが拍手のお返事です!

オトツキさま

コメントありがとうございます!
>こんばんは!今日、恒例「古事記講座」に行ってきました。「古事記」を文学として捉え、古えの日本(大和)を深く掘り下げています。今日はイザナキノミコトの禊ぎでした。話があちこちに行くので「因幡の素兎」も出て来ました。「古事記」で「読む」は「数える」というイミだそうですね。毎回奥深い勉強をしています。来年中には「素兎」まで行きそうです。来月は「三貴子」です。では!

「古事記」を文学として捉えるのは私の大好きな山田永さんも主張しておられました!
いろいろな楽しみ方があるなぁとしみじみ思います。
「読む」が「数える」という意味というのは初めて知りました!面白いです!うおおおお!
ぜひ三貴子も素兎も楽しんでいただきたいです!

>追伸:
>「大黒様」の歌も、昔の子供は結構知ってたと思うんですよ~~。私は元々「昔話」は相当読んでたので、「海幸山幸」や「白兎」が、実は神話で「古事記」だったので、逆にビックリしました(笑)。


そうなんですね!
私はこの時代にはまり始めてすぐに古事記を読んだので、「古事記」=「神話が書いてある本」、「因幡の白兎は神話」=「古事記に書いてある」という感じで特に何の抵抗もそして感慨もなく、順序正しく(?)受け入れてしまいました。
本当に何も知らなかったので、今は古事記が私の中の基準になっているような気がします。
今後はもう少し視野を広げていろんな文献を読みたいです。

コメントありがとうございました!
ななこさま
コメントありがとうございます!
>お疲れ様です。
>年末で忙しさMAXです。
>社会人二年目ですが去年より当然任されてる分、年を越せるか不安になってきました。。

うわあああ、お疲れ様です!
社会人二年目は私は物凄く疲労していました。
連日ストレスのため一人カラオケとかしてた気がします(黒歴史)
任される量が増えたということは、着実にななこさまがご成長なさっていて、さらにそれを周りの方々が認めていらっしゃるということですね。
それでもやはり大変だと思いますが、お互い全力で乗り越えましょうね!(といってもこれをご覧になられることはすでに終わっておられるはずですが・・・)

>年末の企画楽しみですね!
>私は年越し旅行で日本に居ないのでリアルタイムでは楽しめませんが、帰国するのが楽しみです^ ^

本当に楽しみですね!
私は今まさにリアルタイムで楽しんでいます!
楽しいです!本当に皆様の素晴らしい力作と愛情をいっぱい拝見させていただいています!

>追加で投稿した分、そうですね!解禁して頂けるならそれが良いと思います。それにしても私の約10年の妄想量はすごいのでまだまだネタあります!笑
>ただ文章に起こす気力が問題ですよね。。
>また気の向くままに投稿させて頂きますねー!お互い年末を乗り越えましょう!

解禁のご快諾ありがとうございます!!
私はこれから実家に戻るので、こちらに戻ってきたらすぐにUPさせていただきます!
約10年の妄想・・・!
年季が違いますね!!
ななこさまの筆が向いたときにでも、その妄想を拝見させていただける日がくることをとても楽しみにしております!!

コメントありがとうございました!!


りえさま
コメントありがとうございます!
>今年も残すところあとわずかですね。お忙しいことと思いますが、どうぞお体にはお気をつけて…!
うわあああああ!!やさしいお言葉をありがとうございます!!
体はとても元気です!!
心も常に妄想と現実の狭間を全力で泳いでいます!(いいのか悪いのか)
気合の全チェックもありがとうございます!!
りえさまもどうかお体をおいといくださいませ!

コメントありがとうございました!


拍手のみのお方々もありがとうございます!!
年末年始を古事記と勾玉まみれで過ごすことができる幸せを思いっきり満喫しています!!
これからもどうぞよろしくお願いします!!
拍手ありがとうございました!!

Utility

簡易メニュー

薄紅語り
(過去の日記の薄紅天女の妄想語り一覧)
古代史語り
(過去の日記の古事記とか万葉集とか他)
Web拍手
(お気軽に頂けると嬉しいです)
拍手は別窓、語りは同窓で開きます。

日記内検索

カレンダー

< 2012.12 >
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

コメント一覧

Re:当サイトは11歳になりました
2021/12/09 20:35 兼倉(管理人)
Re:当サイトは11歳になりました
2021/11/27 12:01 りえ
Re:お返事です!
2021/05/09 13:07 兼倉(管理人)
Re:お返事です!
2021/05/03 11:50 mikayasi
Re:お返事です!
2021/05/03 11:19 兼倉(管理人)